でいりーじょぶ
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インドネシア3日目
この週は業務があまりないので余裕あり。とりあえず7時に起きてダラダラとしてからチキニ駅前のマクドナルドに行って今日の課題の原稿を終わらして、さらに明日の準備を10時頃まで。日本とは時差がマイナス2時間だから締め切りやネット更新時間を考えると1日が有効に使える感じがある。

と、送信まで済ませて身軽になったところでどこに行こうか。宇高連絡線がそのまま使われている航路があるらしいが、そこまでは片道3時間。乗りではあるのだけれど、さすがにそこまでは遠いので近場のどこかにと検討して、南に60kmほどのところにあるボゴールという街に行くことにした。

ということで、とりあえず6000ルピアのキップを買って来た電車に乗ろう。来たのは元東西線の5000系だった。でもそれは途中の駅が終点。続くボゴール行きの電車は元東葉高速の電車だった。しかしすでに満員状態で、さらに大量の客が乗って超満員に。となりのドアは閉まっていなかったが、どうやらドア際の人がドアを押さえつけているようだった。さっきの電車は検札が来たけれど、これじゃあ検札は来られないな。

というグチャグチャ感があるままの状態でボゴール着。ここは海抜200mくらいの高原都市なのだが、駅のなかも人だらけ、駅の外も人だらけだった。どうもインドネシアには駅前広場という概念がないらしい。駅前を線路と平行に走る狭い道路は一方通行なのだが、ワゴン車を改造したバスが数珠繋ぎ。歩道は工事中で使えないのに、道路には屋台が並んでいるから人が歩くスペースがない。ないなら作れというのは教育的な場面でよく使われる言葉だが、まさに歩きたいなら自分でその道を切り拓け!というあんばいである。

行き先不明で値段も不明のバスに乗るのは厳しいので、ここは歩いて大通りまで出る。ここは歩道があるのだが、その歩道にも露店が並んでいるから歩きにくいったらありゃしない。結局、車道を歩くのがいちばんいいということで車道を歩けば、車間距離詰め詰めの車にバイクが攻めてきて、さらに馬車まで通るから危なくてしょうがない。でもそこで負けていてはいかんのよね。道路を横断するときも勝負。横断歩道なんか存在しないし、歩道橋だってないのだから、瞬発力と判断力を使って片側3車線の道路を渡り終えた。

そこそこハラが減ったので屋台で天ぷらそばを食べ(7500ルピア=70円くらい)、ボゴールの喧騒から一線を画す植物園に入る。場内の地図にはラフレシアがあるとのことだったが、そこは今日は公開されていない模様。そのあたりを案内してくれたのは、日本語を学んでいるというインドネシア人の団体だった。

「私たち、来年、介護の仕事で日本に行くんです」

おお、そうなんですか。日本に制度上の不備があるせいでみなさまがたに迷惑をかけているようでごめんなさい。それでも日本に来て仕事してくれるのは本当にありがたいです。本当にありがとう。と日本語で返事。せっかくだからメルアドの交換でもしておけばよかったな。日本語の勉強の一助にもなるだろうし。と思ったが、その皆さんとは広い植物園のなか、残念ながら再会はできなかった。

ボゴールからの帰りも東西線。その15分前に2000ルピアで乗れる貧困層向け電車があった。どんなもんかと覗いてみたら、車内灯は消えていて、イスはプラスチック。もちろん扉は走行中も全開で、かなりの客を乗せて出発していった。うーむ、そのあたりの市民感覚は興味深いなあ。と思いつつ出発地に帰ろうと思ったら、乗った電車が途中駅で西に分岐する線経由なので思いがけず遠回り。そうしたら、その路線がスラム街のなかを走って車窓がいきなりインタレスティング。スラム街にもA級B級C級のようなレベルがその場所ごとにあることを初めて知った。そしてB級スラム街の駅から見た瞬間、ハッキリとわかるオカマ6人組が乗車。写真をこっそり撮ったけど、気づかれていたかしら。われわれのまん前に座っているオカマたちに襲われるような気がしてけっこう怖かった。
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